「流行りを追ったり、無理はしたくないですね。 スーツでも、他のことでも」
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ネイビーのシャドーストライプのスーツに、淡いブルーのシャツ、そしてネイビーのレジメンタルタイ。カメラの前の三浦友和さんはやはり、絵になる。東京都内にあるスタジオ。洋服の青山のための広告撮影の合間を縫ってインタビューのお時間をいただけるということで、伺った。
ーーよろしくお願いします。当企画はスーツに関して、いろんな方にお話を伺って、あらためてスーツの魅力を見直そうという企画です。その第一回は35年以上にわたって洋服の青山のイメージキャラクターを勤めてらっしゃる三浦さんをお訪ねしました。9つの質問をご用意しましたので、お答えください。
「はい、よろしくお願いします。それにしても35年か。そんなになりますかね。でも、、スーツに関してお話しするのははじめてじゃないかな」
――ではひとつ目の質問から伺います。
Q1.記憶に残る最初のスーツはなんですか?
「ある日突然サラリーマンになった父親のスーツ姿です」
「35歳まで警察官だった父親が、サラリーマンになって東京に家族共々出てくるんですが、その日を境にスーツを着て出かけるようになるんです。そのときの変化がすごく印象に残っていますね。自分は当時小学校3年生でしたが、それまでは村のちょっとしたヒーローだった父親が、学歴もなにもないのにいきなり大企業に入って。きっと苦労もしたと思うんですが、どこか人としての雰囲気まで変わってしまって。だからスーツの印象は幼少の頃は決してよくはありませんでしたね」
Q2.ご自身で購入された最初のスーツは?
「衣装のためだったかな。どんなスーツだったかは覚えていませんね」
「20歳で芸能界に入り、それからしばらくして買ったように思います。当時はいまでいうスタイリストさんは男性俳優にはつかなかったんですよ。だから取材を受けるときや舞台挨拶に立つときの衣装は自分で用意する。そういう時代でしたから」
「どんなスーツを買ったのかも覚えていないんですよね。既製品を選んだのか、仕立てたような記憶もあるし、どっちだったんだろう。芝居をする仕事では現場のほかにスーツを着ることもありませんし、身の回りにお手本になるような人も少なかったので」
「ただ、10代の頃から日活の映画で見ていた石原裕次郎さんのスーツ姿はかっこいいなと思っていましたね。カラオケなどで当時の裕次郎さんの映像が出てくることがありますが、いまでもかっこいいなって思います。で、それが裕次郎さんの20代の頃の映像だったりして。まだ20代の若さであんなにスーツが似合う人ってそうそういないと思います」
Q3.現在スーツは何着お持ちですか
「春夏、秋冬あわせて20着程度です」
「そんなに多くはないと思います。なんとなく着なくなったものは友人にあげてしまうことが多いですね。買い替えるのは、時代の変化でサイズ感が変わってきたもの。極端な流行りを追うことはせず、スタンダードなものが好みですが、それでも少しづつ変わりますよね。だから自然に入れ替わって、結局いつも20着くらいがクローゼットにあるような感じでしょうか」
Q4.お仕事とスーツの関係をお聞かせください
「役柄を表現する大切なものですね」
「自分にとってのスーツは公の場に出ていくときのものですからね。取材を受けるときや舞台挨拶のときですね。長年俳優をやっていますが、スーツで仕事現場に来る俳優さんは見たことがないですし、自分もそうです」
「ただ、ある時街でばったり見かけたスーツ姿のショーケン(萩原健一)さんはかっこよかった。もともとスーツでなくてもお洒落な方でしたが、そのとき見たスーツの普段着使いはとても素敵で、ものすごく強い印象を受けました」
「20歳でデビューして、30代までは“正義の人”みたいな役柄が多くて、その人柄を表すためにスーツを着ていたように思います。そして40代、50代になるころからかな、『葛城事件』や『沈まぬ太陽』のような中年男性の役とか、『アウトレイジ』のようなやくざ者とか、そういった役柄が増えてきて選ぶスーツの色使いや形といったものも変わっていきましたね」
――確かに爽やかな人、正義の人、というイメージが三浦さんには伴うようにも思いますが。
「正義の人というのが実は難しい。ただ首元まできちんとネクタイを締めて、身体にあったスーツを着ていたらいいというものではないんです。内面はちょっと崩れているんだけれどスーツを着ることで“正義の人”であるかのように見せている人、というのを表現しないといけなかったりもしますから」
「セリフや感情というものは台本にかかれていますから、それを表現すればいいのですが、着こなしを表現するのは難しいので、どのようなスーツを選ぶのかは役作りのうえでとても大事なんです」
Q5.スーツを着る時に気をつけていることはありますか
「スーツを着たら椅子には座りません」
「きれいにスーツを見せなければいけない、今日のようなカタログ撮影であれば、一度スーツを着たら椅子に座らずずっと立ってますね。シワがついたらいけないですし。それが当たり前のこととして染み付いています逆に芝居の場ではそれはないですね。シワがある方が自然なわけですし。いま着ました、という見え方ではおかしいですよね。わざと揉んでシワをつけたりするくらいですから」
Q6.スーツの流行をどう捉えていますか
「流行りを追って、10年後の自分に笑われたくないので」
「長年「洋服の青山」さんのイメージキャラクターを務めさせていただいているので、スーツのディテールがさまざまに変化してきたことは見てきました。バブルの頃の大きな肩パッドが入っていたものや、ダブルブレストのスーツなど、極端な形のものもありましたよね。でも自分自身は適度な流行はともかく、極端な流行りに乗るのはやめようと考えていました」
「シルエットもそうですよね、ゆったりしたものが主流の時代もあれば、タイトなものが時代の中心になったこともありました。そういう変化があるのは仕方がないと考えて、それでもなるべくスタンダードなものを選んできたつもりです。これはスーツだけのことではなくて、他のことでもそうなんです。10年後に振り返った時に、自分を見て笑うのが嫌なので(笑)」
Q7.スーツが似合うと思えるようになったのはいつ頃からでしょうか
「50歳を過ぎてからですね、違和感なく着られるようになったのは」
「着ていて違和感を感じなくなったのは50歳を過ぎてからです。それまではスーツに一生懸命自分をあわせようとしていました。20代が特にそれで。年齢を重ねるごとに、構えずに普通に着られるようになってきました。冠婚葬祭や人に会う、きちんとした場所に行く、自分にそういう経験が積み重なったから、そう感じるのかもしれません」
Q8.好きなコーディーネイトを教えてください
「シンプルでオーソドックスなあわせが、居心地よく感じます」
「いままさに着ている、こういう感じですね。ネイビーのスーツに、薄いブルーか白のシャツ。ネクタイも柄の入ったものよりも、無地を選びがちです。色はネイビーやグレー、たまにブラウン。赤や黄色のような派手な色のネクタイはしません」
「あとは個人としてスーツを着るシーンといえば主に冠婚葬祭になりますが、そういう場面ではドレスコードの通りに。ほかには堅めの会食や、偉い方に会いに行くとき。ネクタイはしないこともありますが、スーツを着ていることで、相手に対して失礼がないように気をつけている感じが伝わりますよね」
Q9.三浦さんにとってスーツとは何ですか?
「TPOにあわせて、自分自身が居心地良く過ごすためのものです」
「最初に「洋服の青山」さんのお仕事をさせていただくときに、先代の社長が「サラリーマンにとってスーツというのは仕事着だよな」とおっしゃっていた言葉が印象に残っています。仕事にたいしてきちんと向き合おうとする人が、スーツを着ることで自分の真剣な態度を示す、そういうものだと思っています」
「スーツを着ていることで自分の気持ちを律することができて、スーツが自分をきちんとさせてくれる。その場の雰囲気にあわせてくれる、とても便利な衣装です。だからといってスーツを着るからといってひどく緊張することはないですよ。自分にとってはとても気軽に、居心地良く過ごせる服装です」
Q+1.三浦さんにとって『洋服の青山』とはなんですか?
「テレビでも映画でも、自分が着ているスーツは全部青山です」
「テレビでも映画でも、自分が着ているスーツは全部「洋服の青山」さんですよ。スーツに関しては100%と言ってもいいはずです。しかも特別に仕立てたものではなく、いつも既製品のものから選んでますね」
撮影の合間を縫って伺った9つの質問に丁寧に答えてくれた三浦友和さん。石原裕次郎さんやショーケンさんなどの名前が出ながらも、印象的だったのは「10年後の自分に笑われたくない」という言葉。それはスーツに対する姿勢、選び、着こなしにはじまり、すべてにおいて「自分らしさ」を大切にされている三浦さんの人生訓のようにも聞こえた。
文:青山鼓 写真:高柳健 編集:前田陽一郎