価値観を共有してくれるひとは、コツコツやった結果でしか得られなかった
国内外のファッションアイテムのバイイングを行う、ファッションプロデューサーでアドバイザーのMBさん。「服を着るならこんなふうに」の原作など、作家としても精力的に活動し、出版した書籍は累計200万部以上。ブログやYouTubeの発信で、ファッションを感覚ではなく論理的に語ることで、センスもお金も必要なくおしゃれになれる方法を伝え、多くのフォロワーを生み出しました。そんなMBさんはこれまでのキャリアやファッションをどう考えているのか、お話を伺いました。
INDEX
アパレル店舗での販売スタッフからキャリアをスタートしたMBさん。2012年頃からブログ「最も早くオシャレになる方法」をはじめ、やがてYouTube「MBチャンネル」などさまざまなメディアでファッションを理論的に語り多くのフォロワーを得ました。現在では自身のブランドもプロデュースするMBさんが語る、キャリアとファッションの話とは?
Q1. 最近取り組まれていることを教えてください。
「服作りが楽しいですね。最近だと焼き鳥屋さんも」
ブログやメルマガ、本も出したり週刊誌での連載をしたりテレビ番組をやったり、2012年からやっている「ファッションを理論的に解説する」ということに変わらず取り組んでいます。
2016年くらいから、一級品の素材を使ってシンプルに服にしたら、ファッション初心者の方に洋服の楽しさをもっとわかってもらえるんじゃないかと服作りを初めているんです。2021年くらいかな、工場や商社さんからもだんだん信頼していただけるようになり、コストとクオリティのバランスに納得いくものができていて、お客さんもすごく喜んでくれている。いまはそれが本当に楽しいし注力しているところですね。今年6月には神楽坂に焼き鳥屋さんの共同経営も始めました。
Q2. 普段、スーツを着る機会はありますか?
「リラックスフィットのスーツはめちゃくちゃ着ます」
かっちりとシャツを着てタイドアップするようなスーツは着る機会がないんですが、リラックスフィットのスーツはめちゃくちゃ着ます。ビジネスの世界でも一般化しましたよね。やっぱりセットアップのスーツはみんながかっこよく見えやすいスタイルだから、それが一般化するのはいい傾向だなって思います。
最近では機能性に優れてケアも簡単、家でも洗えるようなカジュアルなスーツが人気のようですが、その反面で「インポートの生地を使った高級素材のスーツ」のような洗えないからこその風合いが素晴らしいというものについても、その魅力をしっかり伝えていくことが作り手や売り手の責任だと思うので、ファッション文化の幅という観点からも取り組んでいかないとな、と思っています。
Q3. 仕事をするときのファッションで意識されていることやこだわりを教えて下さい。
「実は自分が着るものに関してはそこまで興味がないんです」
もちろんたくさん買うし、たくさん見ていてたくさん作るんですけど、自分が着るという点では別に……(笑)。みなさんがおしゃれになってくれれば、僕はそれでいいんです。
僕の場合は自分の体型があまりバランスがよくないって思っていてコンプレックスなんですけど、コーディネートではその体型を隠してバランスよく見せるということを考えることが多いですね。
Q4. ファッションを解説する上で、意識されていることや気を付けていることがあれば教えてください。
「誰に向けて伝えようとしているのかが一番大切です」
いっぱいあるんですけど、ターゲットが誰なのかということが一番大事ですね。動画をひとつ作るときでも、この動画を見て喜ぶ人はいったい何歳くらいで、どういうモチベーションでどれくらい服を持っていて、という姿を明確にイメージして、その人にどう伝えたら喜んでもらえるかを考えながら話すことが多いですね。
アパレルで働いていたときに社内ベンチャーでEC事業をはじめたんですが、そのときには毎シーズン700から800点のアイテムについて自分でキャプションを書いていたんです。だいたい3年くらいひとりでやっていましたが、誰に伝えるのかを意識した言語化の力というのが鍛えられたんじゃないかなと思います。
Q5. ファッションに関連し、今後やってみたいことを教えて下さい。
「いつか、最終的にはセレクトショップをやりたいです」
全然見通しは立てていないし時期も決めていないんですが、最終的にはセレクトショップをやりたいんです。いまアパレルのビジネスモデルの多くは、大量生産・大量消費でないと利益を出しにくい構造で、その問題には多くの企業が取り組んでいるところですが、僕の事業規模でそこに答えを出すならそれがセレクトショップなんじゃないかなって思っていて。
単純に僕のキャリアがセレクトショップから始まっているから、終わりもセレクトショップがいいなという理由もあります。ファッションはやっぱりメインストリームへのカウンターのポジションにカッコいいものがあると思っていて、その意味でも地方にあるすごくおしゃれなセレクトショップ、というものができたらいいなって。キャリアの最後の楽しみとしてセレクトショップを取っておいている、という感じですね。
Q6. 大きな転換となった「アクション」を教えてください。
「あまりないんですよ」
インタビューでみなさんに聞かれるんですが、あまりないんです。本を出して100万部届けたら、1億人日本人がいるなかの1%になるから、自分の考えがひとつの文化になって自分の仕事は完成すると思っていたんです。でも、自分のファッション理論が定着したという実感は持てなかった。テレビ番組をやっても、一瞬は反響があるけどじきに元のアクセス数に戻ってしまったし。
魔法はないんだな、って思いました。僕のメディアの使い方が悪かったのかもしれないんですけど、コツコツと続けることが自分のやり方なんだろうなって。ブログやYouTubeでひとつひとつのコンテンツを届け続けること。子どもの頃から、同じことをひたすら繰り返すのが得意なんですよ。毎週メルマガを打つとか毎日YouTube動画を撮るとかって、僕は得意なんですよね。
いろいろアクションはしてみたものの、大きく何かを変えてキャリアが変わったということはありませんでした。いまあらためて振り返ってみても、自分と一緒に価値観を共有してくれる人というのは一気に増えるものではなくて、コツコツやった結果じゃないと得られなかったですね。でも、僕はこっちのほうが楽しいなって思うし、自分なりの楽しみ方で自分のキャラクターができるって幸せなことだと思います。
Q7. キャリアを積むなかでご自身のファッション、またファッション観に変化はありましたか?
「変わらないことに絶望し、希望を見つけました」
ファッションのことがわからなくて、自分でなにを選んだらいいかわからず自信を持てない人たちに答えを届ける。自分のファッションとの向き合い方は変わらないですね。
アパレルの販売をやっていたころから僕ってそういう人と仲良くなるのが得意だったんですよね。どこかファッションに痛みを持っている人、それこそ自分はかっこよくなくて生きにくい、みたいに思っているお客さんと不思議に仲良くなれた。
有名になったり影響力が強くなったりしたら、自分のまわりにもいろいろな人が集まってくるかなと思っている部分もあったんですけどね、そうじゃなかったことは発見でした。そこにはある種の絶望と希望があります。どこまで自分が経験を積んで成長しても、自分のまわりは変わらないというのが絶望の部分で、逆に希望というのは、不器用な自分がある特定のジャンルの人としか関わっていけないとしても、ここまでスケールできるんだっていうことですね。
Q8. 今後、ファッション以外のジャンルで挑戦したいことを教えてください。
「ファッションのなかで自分が求められることをやっていきたいです」
個人的な成功とかやりたいことを求めていったら、もしかしたら新しい挑戦という観点も出てくるのかもしれないんですが、自分が重ねてきたキャリアを振り返ったときに、社会において自分が存在する意味みたいなものが自分のなかでだんだん大事に感じるようになってきました。
世間的には、入門的なファッション解説のコンテンツが増えてきていますよね。それって僕にとってすごくポジティブで、じゃあそこは僕がやらなくていいから次の仕掛けができるな、って。それで服作りにシフトしているところもあるんですけど、きっとこれからもそういうタイミングがあると思うんですが、コモディティ化したら次に、ということを続けていくと思います。
Q9.「キャリア」と「ファッション」で大切にしていることを教えてください。
「年齢に縛られて楽しむ幅を狭めないことです」
会社勤めの方によく聞かれる質問があるんです。「部長になったんだけれど、部長らしい服装ってどういうものですか?」のように、役職が変わったときにどういう服を着るべきかと。3月から4月にかけてはそういう質問がすごく多くなる。
僕に置き換えるとそれは年齢ということなのかもしれないんですが、役職なり、年齢なりの正しい服っていうのは多分あるんだと思うんですが、絶対にそうあるべきでもないと思うんですよね。
僕のファッションの師匠のような人がいるんですが、その人はもう60代ですがバリバリのデザイナーズブランドの服を着ていて、その姿ってカッコいいんですよ。もちろんその人のキャラクターもあるんでしょうけど、過剰に年齢や立場に縛られて楽しめる幅を狭くする必要はないんじゃないかなって思うんです。考えが固まってしまうこととは戦っていきたいな、って。
Q+1. これからの働く人のための服ってどうなっていくと思いますか?
「普段着との境界線は変わるかも。でも線引きはきっとあるはず」
近年、スーツがカジュアル化しているということはよく言われていることですが、歴史を遡りブラックのドレススーツこそ頂点という時代で考えたら、いまクラシックに見えるスーツが生まれた頃はカジュアルなかたちだったわけです。
営業職でもセットアップのインナーでカットソーを着ていいよという文化が浸透していったとしても、やっぱりボロボロのバンドTシャツはさすがに着ないはず。シルキータッチで上質に見えて清潔感のあるものを選ぶと思うんですよね。
だから、形はかわったとしても普段着と仕事着というものの境界線は、混ざり合うようでどこかにラインがあるということは変わらないのかなと。その線引きについては興味があるし、これからも観察していきたいなと思っています。
ファッションと向き合い続けた12年。「丁寧にひとつのことをコツコツ積み重ねてきました」と振り返るMBさん。YouTubeチャンネルの登録者はいまや43万人を越すMBさんが「キャリアに魔法はない」と語る言葉には深みがありました。
編集・文:青山鼓 写真:高柳健