「誰かの」洋服を「誰かのための」洋服へと引き継ぐために
法人としては2002年に設立のファイバーシーディーエム株式会社。名前の由来は、と尋ねると代表取締役会長の泉谷康成(いずたに・やすなり)さんは「特にないんですよ」と笑う。
繊維の「ファイバー」に、英文字3文字の「CDM」と続く。この「CDM」は「Clean Development Mechanism」の略であり、1997年に採択された京都議定書(のち2005年に発効)で創設された、温室効果ガス排出量削減のための仕組みのこと。すなわち、社名にこの単語を冠しているということは、当時から泉谷会長が世界の趨勢を視野に入れていたことにほかならない。
泉谷会長は1982年に個人商店として、大阪のアメ村に小さな古着ショップをオープン。
「アメリカに古着を仕入れに行くわけですけど、販売できる服はその1%にも満たないわけです。その残りをアメリカでは発展途上国やアジアにボロとして販売していたんです。じゃあ日本の中古衣料を仕入れて東南アジアに売ったらビジネスになるのではないかと考えました」(泉谷会長)。
ときに日本はバブル期で産業も発展。国内でのウエスの需要も大いにあった。1989年には泉谷会長は古着の仕入れ・販売だけでなく、ウエスの輸出入と卸売りを開始。最初は貸倉庫を借りて仕分けを行っていたがすぐ手狭になり、1999年には工場を操業したそうだ。
興味深いのはその後の事業の歩みだ。工場操業の翌年2000年には大阪市に古着ショップ『KINJI瓜破店』を開店し、前述の通り2002年にはファイバーシーディーエム株式会社を設立、その後2003年には『KINJI岸和田店』、2004年には大阪市内に同店を3店舗オープンさせると同時に工場を現在の大阪府泉南市に建設。そして返す刀で、2005年には東京・原宿にも『KINJI原宿店』を開店と、凄まじい勢いで事業を展開していった。
リユースとリサイクルの相互補完=サステナブル
サステナブルなファッションビジネスをいかにして成立させるか、多くの企業、事業者が頭を悩ませる問いに対しての答えを、ファイバーシーディーエムはもう20年以上前から形にしていた。
「形としては昔といまで、やっていることは変わりません。あくまでも経済合理性を追求していたらこうなっていました」と泉谷会長はさらりという。その考えで事業を継続してきた結果が、古着販売すなわちリユースと、故繊維としてのリサイクルを両軸においたビジネスモデルだった。
とはいえ、古着回収、そしてリサイクル可能な繊維の選別と仕分けを長年にわたり行ってきたファイバーシーディーエムは、いまやサステナブルなファッションビジネスのハブとしても機能している。
まずは原料となる故繊維の回収。一般家庭や一般企業、工場、または洋服の青山にあるような回収ボックス。この安定した仕入れの仕組みを構築していること。
次に仕分けの仕組み。まず仕入れた故繊維から海外マーケットや国内店舗で販売可能、つまりリユース可能な服をより分ける。販売できない服は繊維としてリサイクルするわけだが、これもシステマチックに分別していく。
そのうえで、ウエスとして販売できるものを選ぶ。残りは反毛材の原料、ポリエステル再生原料、ウールなどの再生糸の原料として、繊維メーカーや繊維販売商社と連携してリサイクルを行う工場へ卸す。上記のいずれにも当てはまらないものは焼却するが、この排熱もサーマルリサイクルによりエネルギーとして活用する。
手作業により仕分けられていく衣類。フレキシブルな出退勤にも対応するなど、働きやすさにも配慮していると泉谷会長は教えてくれた。
ここで注目すべきは、トレーサビリティの取り組みとしてこれを行っていることだ。衣類販売の事業者にすれば、ファイバーシーディーエムに任せれば、分別からリサイクルまでを行うきちんとした流れに乗せてくれるという信頼となる。
「古着の行き先がわかること」が信頼につながった
そんな評判から、青山商事との接点が生まれたのは2008年頃のこと。洋服の青山では1998年からスーツの下取りを行っていたが、店舗で回収したスーツをリサイクルしてくれるビジネスパートナーを必要としていた。そこで紹介されたのがファイバーシーディーエムだった。
「必ずリサイクルしてください、と青山商事さんからはリクエストされましたね。われわれは既にウールを反毛にするまでのネットワークはもっていましたから、それはできますよ、と。そこからお付き合いが始まりました」(泉谷会長)
当初は下取りスーツの回収からはじまった両社の関係は、徐々に深まっていく。それはファイバーシーディーエムが構築してきた、信頼できるトレーサビリティの効いたリサイクル、リユースのネットワークがあってこそだった。
倉庫には大量の古着が。青山商事が回収した古着は均等な箱に入れられ、整然としていた。「青山商事さんはこうしてわれわれ業者が扱いやすいように、箱を揃えてくれているんです」と泉谷会長
青山商事としては、お客さまから回収した服がどのようなルートで活用されていくのかがはっきりわかることはファイバーシーディーエムへの信用に繋がる。さらにファイバーシーディーエムではアップサイクルに繋がるネットワークももっていて、反毛からつくった「防災毛布」もここから生まれている。
そして2023年から始動した『WEAR SHiFT』でも、もちろんファイバーシーディーエムのネットワークを活用している。このAOYAMACTIONのウェブサイトにも掲載されているスペシャルムービー「旅する服」は、まさにファイバーシーディーエムの海外ネットワークを通じて、着なくなった服が生まれ変わっていくさまを描いているものだ。
ファイバーシーディーエムが構築してきたシステムには、繊維メーカーも注目している。「われわれほどの規模で国内外の古着を回収するネットワークを持っている企業は少ない」と泉谷会長が語るように、リサイクル原料となる古着を安定して集めることができる企業は類を見ないからだ。
2022年から、ファイバーシーディーエムは繊維専門商社の帝人フロンティアと共同でサーキュラーシステム構築に向けた取り組みを始めている。ファイバーシーディーエムがもつ回収および選別のシステムと、帝人フロンティアが培ってきたポリエステルのリサイクル技術により、廃棄衣料からポリエステル原料を作り出すリサイクルシステムの構築を目指すものだ。
また同年に設立された一般社団法人Textile Circular Networkにも参画。大量生産・大量廃棄という衣類における社会問題に取り組んでいく「なかまを創っていく」ことを目的とした組織であり、回収・輸送システムのコーディネートやリサイクル手法の提案、アップサイクル手法のコーディネートからマーケティング・ブランディングのコーディネートにいたるまで、幅広くメソッドを共有していく。
最後まで手作業で仕分けられ、店頭に出せるものは再流通する。それ以外の古着や「ボロ」は海外へ送られたり、ウエスとして活用へと循環していく
経済合理性が重要だからこそ生まれる価値
「あくまでもファイバーシーディーエムは回収と選別するだけ」そしてその方針は今後も変わらないと泉谷会長はいう。変わっていくのは回収ボックスに古着を持ち込む消費者が増えることであったり、取り巻く企業が増えることであったり、リサイクル技術が進化することだ。
見て見ぬふりをしてはいけない問題もある。結局のところ、リサイクル資材はそこにかかる工数の分だけ、やはり割高ではあるということだ。それを逆手にとる事業者も実際のところいるのだそうだ。泉谷会長は厳しく批判する。
「サステナブルという言葉を流行りものとして扱い、金儲けしてやろうというのが多すぎる。うん、めっちゃ多い」(泉谷会長)
とはいえ、やはり経済合理性を欠く形ではサステナブルな取り組みは続かないと泉谷会長。リユースとリサイクルそれぞれの経済合理性に着目し、ファイバーシーディーエムを1500人規模の企業へと成長させた泉谷会長の言葉には重みがある。
そんな泉谷会長が言うには、いまは民間の事業者や消費者の努力でリサイクルやサーキュラーシステムを成り立たせようとしているが、国や行政のサポートはまだまだ足りないと感じているのだそう。
「そんな現実のなかでもいち早くリサイクルに取り組み、消費者にとって納得できる価格でリサイクルウールを使用した衣類を提供し、なおかつ『WEAR SHiFT』では今後もアイテムを増やしていこうとしている青山(商事)さんは、だから偉いなって思うんですよ」
そんな青山商事の姿勢に共感しているからこそ、ファイバーシーディーエムとしては今後も協力を惜しまないという。『WEAR SHiFT』をはじめとした青山商事のサステナブルな取り組みがファイバーシーディーエムの力を得てどのように進化していくのか、今後も楽しみだ。
ファイバーシーディーエム株式会社
ファイバーシーディーエムはリサイクル資源の有効活用による廃棄衣料の削減、CO2排出量の削減、サステナブルファッション、新たな雇用の創出など様々な面において社会に貢献することで、社会にとって“あればいい企業”から“なくてはならない企業”へと成長することを目標とし、今後の事業に邁進していきたいと考えています。
KINJI FACTORY
りんくうの本社工場には古着ショップ『KINJI FACTORY りんくう泉南店』が併設される。回収からリユースまでが展開される事業スキームのわかりやすい事例だろう
OPEN : 11:00〜19:00 (買取受付 11:00~18:00)/ADRESS : 大阪府泉南市りんくう南浜4-2 /TEL : 072-482-8118
構成:前田陽一郎 文:青山鼓 写真:高柳健