「これでいい」から「これがいい」を目指して
金融業界で長く働き、2016年から青山商事でグループ全体の経営企画に携わる山根専務。サステナブルを重視する青山社長を支える経営陣のひとりだ。
「銀行では国内・海外の法人営業を担当し、多くのアパレル企業の経営も目にしてきました。社長からは、アパレル業界を取り巻く環境が変化していく中、銀行時代の経験を活かして、経営企画をやってほしい、と」
社会的責任を果たすという新しい企業価値
2018年2月に発表した中期経営計画「CHALLENGE Ⅱ 2020」の策定にあたり、山根専務は青山商事として初めてESG「Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス)への経営・事業を通じた取り組み」を書き出した。そして2021年に発表した「Aoyama Reborn 2023」ではサステナブルへの取り組みが経営の3本柱のひとつになっている。まずはその経緯を伺った。
「現在は環境問題や社会問題などESG課題への関心が世界で広がっており、このような流れは世界的な潮流として、今後さらに加速していくでしょう。そのため世界的にはESGを経営の中核としていく必要性が高まっています。ESGに取り組むことで中長期的に売上・利益を向上させ、企業としても成長していくという考え方が日本でも徐々に浸透してきています。かつて財務情報という数字だけで表されていた企業価値は、いまや人的資本や知的資本、ブランド等の無形資産を含めて評価されはじめ、企業は自分たちがどんな無形の価値を有しているかを説明する必要が生まれています」
かつて日本で主流だったCSRでは、企業が社会的責任を果たすためにNPO法人などに寄付をすることで社会貢献をアピールしていた。ESGはさらに進んで、環境や人権に配慮した企業活動を経営そのもののなかに盛り込んでいることがポイントであり、それが企業価値向上に繋がっていく。なにより、ESGに取り組む企業がお客様を含めたステークホルダーに支持されるという流れは、ここもと大きく進んできており、“青山ファン”を増やしていくためには必ず必要となってくる観点だ。そして、山根専務は「もうひとつ」と言葉を継ぐ。
共感してもらえる企業となるために
「私が青山商事に入った頃に市場調査を実施したのですが、その結果に大変ショックを受けました。“洋服の青山でお買い物をされる理由は?”という問いに対して、一番多かった回答が“近くにあるから”だったことです。品質やコスパの良さ、そしてブランド力や接客内容などが評価された答えを期待していました。もちろんそうした回答もありましたが、お客様の一番の来店理由は“近くにあるから”でした。つまり、もし近くに青山の店舗がなければ他社でもよいということになってしまいます。この市場調査結果には衝撃をうけ、大変危機感を覚えました」
生産年齢人口の減少に加え、オフィスウェアのカジュアル化や冠婚葬祭の小規模化も進んできており、青山商事の主力商材である既成のメンズスーツやフォーマルウェアの市場は、今後縮小していくと山根専務は語る。そうした未来が明確に予想される中で、青山商事自身が変革し挑戦していかなくてはならない。これまではマーケットの中における青山商事のシェアを上げていくことを目指してきたが、今後はお客様一人ひとりの購買額の中におけるシェアを上げていくことも目指していく。
「大切なのは<これがいい・ここがいい>と言っていただくブランドになること。そのためにはもちろんお客様に選んでいただける商品が必要ですが、共感していただける企業体としての活動も大切です。共感なくして当社の未来は描いていけません。そのためにESGやSDGsへの取り組みがとても重要である、ということだと思います。形だけではなく、責任をもって本気で取り組むことでお客様に伝わっていく。中期経営計画のなかでサステナブルの位置付けが徐々に存在感を増しているのはそういう経緯からです」
「コトづくり」から「モノづくり」へ
2013年に青山商事50周年プロジェクトとしてはじめた、坂本龍一氏が創立し、現在では建築家 隈研吾氏が代表を務める森林保全団体「more trees」との取り組みはその好例だろう。
「これは素晴らしい取り組みだと感じました。この30年間で日本の面積の5倍にあたる広さの森林が失われました。多くを語るまでもなく、森林を守っていくことは地球環境のために非常に大切なことです。「more trees」さんとの取り組みは、スーツの売上金の一部を森づくり活動として寄付することですが、当社としても高知県梼原町に“AOYAMAの森”として植林エリアを設定しこれまで1,590本の植樹を行っています」
そんな<コトづくり>を進める一方で、洋服を扱う企業として社会貢献につながる<モノづくり>にも取り組んできた。
それが防災毛布(災害支援用リサイクル毛布)である。過去に大規模な自然災害を経験し、災害発生時に物資が届きにくい離島や遠隔地、また青山商事が店舗を営業している地域であるということを基準に、8つの自治体に対して、スーツなどをリサイクルして作った防災毛布を2019年からこれまでの5年間で約2,000枚を寄贈している。
「この活動について、自分が誇らしく思っているのは、お客様と一緒に取り組んでいるサステナブル活動だということです。先ずはお客様自身が自らの意志で不要になったスーツなどを当社に持ってきていただくことから始まります。そしてそのスーツなどをリサイクルし、災害があった時に役に立つ防災毛布を製作して、災害が多い自治体へ寄贈する素晴らしい取り組みだと思います」
以前、新潟県佐渡市を訪れた際に、市長より「避難所で使わせていただきました」と感謝の言葉をいただいたことが印象に残っていると山根専務。当初、リサイクル素材で毛布を作る技術はあるがどう社会に役立てるかから議論がスタートした事業だったが、「いまや企業として重要な取り組みだ」と胸を張る。
洋服作りのノウハウやリサイクルの知見など蓄積された技術は、今後もさまざまな領域で活用していくが、2023年10月2日に全国745店舗、「洋服の青山」とTSC業態を含む全店に設置したリサイクリングボックス「WEAR SHiFT(ウエアシフト)」として、さらに広がりを見せる。「終わらない服をつくろう。」というコピーのもと、お客様とともにサステナブルな活動を展開していく。
企業の成長のために必要なのは「ヒトづくり」
新しい取り組みが徐々に成果として現れてきた一方で、旗振り役の山根専務が気づいたことがある。青山商事が、今後持続的に成長していくために重要な視点だ。
「高度経済成長期やバブル経済期、そして団塊ジュニア世代等の追い風のなか、強烈な成功体験が青山商事にはあります。しかし、先程お話しした通り、今後は、主力商材の市場は縮小が予想されます。この先は定番商品である既成スーツとフォーマルウェアを店舗で売るという根幹のビジネスモデルを守りながらも、それだけに頼ることなく、オーダースーツの拡大、ECの拡充、ビジネスカジュアルやレディースへの対応、そしてレンタル等の新たなサービスへの取り組みなど、市場の変化に対応したあらゆる可能性を模索し、自らチャレンジに踏み出すべきです」
近年のトライアル事業のひとつが、2016年10月に取り組みを開始した「デジラボ」。店内にタッチパネル式の大型サイネージやタブレット端末を設置。ECサイトや店舗在庫から商品を選ぶことができる。2023年9月末では「洋服の青山」270店舗で活用されている。
2019年10月に立ち上げた「SHITATE」は、約3万円というリーズナブルな価格かつ最短40分で完了するオーダースーツのシステム。こだわり派から仕立て初心者まで、幅広い層に向けてオーダースーツへの敷居を下げた。2023年10月には全国の「洋服の青山」で取り扱いを開始。
山根専務がいう「チャレンジ」への突破口は誰が切り開くのか。それは青山商事で働く社員にほかならない。事業構造上、現在はほとんどの社員が販売職だが、山根専務は青山商事には「潜在的に優秀な人財がたくさんいる」と考えている。社員に新しい知識やスキルを身に付けてもらい、かつ、さまざまな経験を積み重ねていってもらうことで、目線をも変え、新しい青山商事を創る。まさに人的資本経営を進めていくことで、会社の未来が拓けると山根専務は期待している。
「2018年の中期経営計画で“青山マインド”という6つの行動原則(①お客様目線 ②現場主義 ③品質の追及 ④当事者意識 ⑤チャレンジ精神 ⑥正々堂々)を創りました。未来の青山商事のために、新しいことにチャレンジする人を育てたいと思っています。新規事業の成功率は10%くらいではないかといわれるように、新しい事業を生み出し、育成していくことは大変難易度が高いものです。そのため多くの社員が新しい事業にチャレンジすること自体を躊躇してしまいます。また、始めることができたとしてもなかなか芽が出ないことが多く、その結果、既存事業に戻ってしまう傾向があります。私は、仮に失敗したとしてもチャレンジをした人材は必ず成長すると思います。そうしたチャレンジした社員が成長することで周囲に影響を与え、グループが変わり、部が変わり、やがて企業が変わり成長することができる。私はあえて“創る”という字を当てていますが、創ろうとする人、創る人が育っていくことで新しい青山になっていくと思います」
未来の絵ができあがるまでの時を待つ
「more trees」などのコトづくり、「防災毛布」などのモノづくり、そしてチャレンジ精神を持つ人を育てるヒトづくり。ESGを起点にしたこれらの取り組みがやがて未来の青山商事を創る。
「中期経営計画を出す際には、まずは青山の目指すべき姿を描いて計画にしていきますので、取締役会において青山の未来に関するさまざまな議論を行います。しかしながら、その描いた未来を実現するための戦略や施策が動き出して形になるには数年ほどはかかってしまっています。本当はスピード感があるほうがいいのでしょうが、社員達が納得しやる気をもって意識変容が進んだ時、まさに社員達が腹落ちしたタイミングで事が成されるのが重要だと思います」
描いた未来の絵に向かって社員達が動き出す時を待つ。そのときに重要なのが「経営陣がしっかりコミットしていくこと」だという。数字という結果で現れにくいESGやSDGsへの取り組みが、実は青山商事に共感する“青山ファン”を増やしていくことなのだと伝え続ける、そんなコミュニケーションを通じて着実に歩を進めていくと話してくれた。